2009年4月26日日曜日

モンテヴェルデ保護連盟 アメリカ支部 2009年4月eニュース

『子供達の永遠の雨林からのアースデイ(地球の日)にちなんだ贈り物です』

 雨林がその秘密の一端を時折見せてくれる時、それはきっと私たちへの贈り物なんだろうと思います。つい最近のことですが、『子供達の永遠の森』の中で最も遠い地点を歩いていたハイカー達がその贈り物を受け取ったのです。彼等がBEN(子供達の永遠の雨林のスペイン語表記での略語)の中心部を流れるリオ・ペニャス・ブランカ河のほとりで昼食を取っていたときのことです、野性のピューマが河の断崖に現れたのです。まるで静かなる怪人とでもいた様子で現れそして森の中へ姿を消しました。ハイカーの一人がとっても機敏にそして慌てず騒がずにこの写真を撮ったのです。そのおかげで皆でこうしてみることができます。ピューマがこの森にいるという事は良く知られた事実ですし、私達もその歩いた後を見ます。森林警備隊員はピューマが縄張りを示すためにつけた引っかき傷があるのをよく知っています。でもほとんどその姿を見る事はないのです。そんな目に見えない野生のピューマと人間が、54,000エーカー(約13,500ヘクタール)に及ぶ広大な自然の中で出会う偶然なんて、ホントに奇跡とも呼べる贈り物です。もしBENが勇敢な森林警備隊員とサポーターの皆さんの寄付によって保全され整備されていなかったら、こんな事が起こるなんて考えられませんでした。私達にとっても、この自然にとっても贈り物といえますね。アースデイおめでとう!


『カエルバッグでプラスチックごみ減量とBENへ寄付』

BENへの2007年学生大使だったキャサリン・フィリップスと友人が、とってもステキな環境に優しいアイデアを生み出しました。それは、個人用リユーサブルな買い物バッグです。実際の商品を提供するということに加えて、このカエルバッグの目的はプラスチックバッグの使用を減らすことで環境に優しくなろうという物です。そして利益の5%は「子供達の永遠の森」に寄付されるのです。カエルバッグは5月中旬に製造開始されます。カエルバッグを欲しい方は以下に連絡とって下さい。 Frogbag4you@gmail.com (先頭のFは小文字にしてください)


『BENへの旅まだ余裕あります。6月10-23日、6月22日-7月5日』

念願のコスタリカへの旅についてまだお悩みですか?航空運賃は最低水準ですよ。MCLUSの旅は保全がテーマで、雨林での素晴らしい写真撮影オプション付です。いづれの日程もまだ若干余裕があります。詳しくは mclus.org/eco-tourism をご覧頂きこれだと思うほうにお申込下さい。 $1,895ドルは航空運賃以外の2週間の費用は全て含んでいます。質問は info@mclus.org まで。


『MCLUS春の討論会、フェスティバル、年次総会、旅行の予定』

4月1日、プリンシピア初等学校、タウン&カウンティー、ミズーリ州。
4月7日、ワシントン大学、セントルイス、ミズーリ州。
4月8日、女性の声、倫理社会、クレイトン、ミズーリ州。
4月12日、ウェブスター大学、ウェブスター、ミズーリ州。
4月16日、プリンシピア 生物学部、タウン&カウンティー、ミズーリ州。
4月18日、DKG会議、スプリングフィールド、ミズーリ州。
4月20日、REIストア、ブントウッド、ミズーリ州。
4月24日、スノーズの我等がレイディー、エドワーズビル、イリノイ州。
4月26日、アースデイ・フェスティバル、セントルイス、ミズーリ州。
5月11日、MCLUS年次総会、セントルイス、ミズーリ州。
5月18日、ウルフブランチ小学校、シワンシー、イリノイ州。
5月18-27日、フォックス・リバー・カントリー・デイ、モンテベルデ、コスタリカ。

土地購入と保全運動のために寄付をしましょう。
アース・デイは、貴方の支援を子供達の永遠の雨林の保全運動とその規模拡大のために送るのには絶好のチャンスです。オンラインで寄付するか小切手を送る場合は、受取人をMSLUSとして、1128 Weidman Rd., Town and Country, MO63017まで。
ご協力感謝します。
そしてハッピー・アース・デイ!

MCLUS
1128 Weidman Road
Town & Country, MO 63017-8445
U.S.A.
314.878.8427
infor@mclus.org, www.mslus.org

こどものじゃんぐる in峰の原

『二度目』

先日、今年二度目のじゃんぐるがありました!!

僕は、遊びにでかけていて後半から参加しました。
すいません。

前半は、今後のにっぽんじゃんぐるがの方向についてはなしたそうなのですが、これといったものは、出なかったそうです。

後半は、ひろきくんの講演会のポスターを作りました!!
中学生より字のきたない高校生もいたようです。
まったく、どこの誰だか。

講演会に興味のある人は、是非、足をはこんでみてください。

城殿さんのマナグア通信 番外編:コスタリカ見聞録2

 パリスミナでの世界湿地デーの催しは4月3日から5日までだったが、私たちは2日目の“ウミガメに関わる法制度”についての公開討論会の後、一足先に退席した。来た時とおなじ太陽が照りつける下、船着き場に向かった。本流に出ると水煙を蹴立てておよそ20分ほどでレベンタソン川の合流地点に設けられたカーニョ・ブランコの入り江に到着。下船後、仲間たちはそれぞれの車に乗り込むかその場のレストランで一服するか、それぞれに散らばっていった。
 私たちは公園事務所のエリックさんが運転するトヨタ製プラドに乗り込んで、バナナ畑が広がる中の土道を一気に通り過ぎて行った。すでに正午を過ぎていたが、ロハス所長がお奨めのレストランまで鳴き始めたおなかを黙らせ、シキーレスの町と事務所のあるグアピレスのなかほどの大きな林に囲まれた池の畔にある観光レストランに車を止めた。ロハスさんいわく、ここの所有主はペットのワニ(といっても今は2メートル以上に成長しているというが)と戯れる様子をお客に見せるのが得意のようである。あいにくこの日は不在ということで、大きなテラピア(アフリカ原産であるが世界的に広く養殖目的で導入された淡水魚の一種。白身の癖のない味。)を丸ごと油で揚げた昼食を掻きこんで満腹感のなか事務所に向かった。事務所で半年前に始まったJICA支援のプロジェクトの進み具合をうかがいながら、満腹感の後の眠気覚ましにコーヒーをすする。

 午後3時半を回った頃、皆さんと別れ、一人レンタカーに乗り込み、この日からしばらく滞在するサント・ドミンゴ・デ・エレディアの市街地から外れたサント・トマス地区にあるホテル・ブーゲンビリアを目指して出発した。一方通行の多いグアピレスの町中をぬけると、その先に国道32号線との合流地点。目的地までは1時間とかからないが、ひたすら上り坂と蛇行の続く山道。おまけに工事中や大型トラックがひっきりなしに走り、上りがきついところでは思うようにスピードが出ないので、自然と渋滞になる。さらに、この日は週末とあって首都からの日帰り客が多い。大型車が吐き出す排気ガスで山間地の爽やかな空気を吸うこともなく車を走らせる。ところどころに設けられた車寄せのスペースを見つけては、途中デジタルカメラでパチリ。高度を上げ、峠に近い一帯では霧が立ち込め、視界が遮られる。
 ヘッドライトを照らし、目を凝らしてコスタリカ国内の国道で唯一・最初に掘られたスルキのトンネル付近まで来て、霧もすっかり晴れ渡った。この少し先で国立公園では最大の面積のブラウリオ・カリーリョ国立公園もお別れ、その先は山間地から一気に展望が開ける。15分ほど見通しのきく道路を走ると、ホテルへの近道につながる地点。少し手前に目印になる満開をすぎた花に包まれたロブレの木。大きく左折して国道の下を潜り抜けると、急な下りでしかも激しい蛇行のカーブ。一番低い場所にかかった吊り橋をゆっくりと渡りぬけると今度は急な登り坂。登りきった先の分岐点を左折して200メートルすると右手にホテル・ブーゲンビリアの入口。今は入口で来訪者をチェック、その先の駐車場も2年前と比べても拡張されている。玄関前に置かれたカレータは今も同じ場所に据えられているが、正面口の置物や飾りは訪問するたびに豪奢になっている。以前はホテルの名前から様々な色のブーゲンビリアの植栽が目を引いたが、今はコスタリカの国花のランやらブロメリアやら私眼にはけばけばしく少々食傷気味に映る。

 ホテル・ブーゲンビリアとの縁は80年代後半にさかのぼる。当時は今のようにホテルの部屋数も半分ほどで朝食前の散歩に恰好な広い庭もなかった。しかし、ホテル関係者たちの対応もきびきしており、各人がサービスを売り物にしている職業に従事しているという自覚が随所に感じられた。以来、公用などでコスタリカを訪れた時には、同行者がいないときなどは利便性は抜きにしてこのホテルを贔屓(ひいき)にしている。
 ホテルとの縁が特に深くなったのは、1993年から1997年までJICAの長期専門家として同じサント・ドミンゴ市内にある生物多様性研究所(正式名はInstituto Nacional de Biodiversidad、略してINBio。国立を意味するNacionalがついているが、非営利の民間組織。通常、JICAの専門家派遣は公的機関に限定されるが、この時は環境エネルギー省(当時)からの公式要請で執務先は同研究所という位置づけでした)の技術顧問として勤務していた際に、ホテルの隣に完成したばかりのコンドミニアムの一角に住んでいた時。もともと、このコンドミニアムはホテルのオーナーであるドン・ハンス(10代のときに母国オランダを飛び出して、サンホセ市内の某ホテルの料理見習いから1代で現在の財をなした、コスタリカ実業界でも伝説の人物の一人といわれています)が奮起して始めたプロジェクトで、完成後は各戸が分譲された後も、隣のホテルの施設がほぼ自由に使用できるという利点があった。単身赴任で、月のほとんどは当時INBioが最も力を入れていたグアナカステ保全エリア(今回の旅行での最後の滞在地のサンタ・ローサ国立公園はその中の一部で、この場所については後日改めてお話します)を舞台にした全生物群生物多様性インベントリー事業の関係の活動に関与していたことから、何日間も留守しても盗難に遭ってもぬけの殻(実際、一時帰国中にそのような目に合われた某JICA関係者がいたという)にならないように、居住場所の選択には慎重になりました。
 そんなわけで職場にも近く、それでいて単身赴任者にも気楽に過ごせるという点で、この物件を選ぶことになりました。たまたま家主が借主との経理上の一切のことをホテルのオーナーに代行させていた関係もあって、ドン・ハンスとはその後家族ぐるみにお付き合いをすることになりました。留守から戻ったある日、彼自らホテルの従業員を引き連れ、水圧でトイレの導水管が破裂して床が水浸しになった我が家の応接間で水をかき出すのに必死になっている姿は今でも記憶に残っています。そんなこともあってコスタリカに立ち寄る時にはいつも彼のホテルのお世話になるのは、彼の元気な姿を見たいがためなのかもしれません。今回も4月4日の夕刻からグアナカステへ移動する8日の朝までこのホテルに滞在し、朝夕は野鳥のさえずりが絶えない広い庭の中心にあるグアナカステの木の樹陰で寛いだり、日帰りで中央盆地の馴染みの場所をブラリ一人旅。なにかセンチメンタル・ジャーニーぽくなってきましたね。次回は、タパンティ国立公園。(第二回完)。







2009年4月20日月曜日

うれしい受賞

最近2つのうれしい受賞がありました。

1つはコスタリカにも行った経験のあるじゃんぐるOBの淺沼岳さんが「国際電力品質学会優秀論文賞」を受賞しました。中学生のときに雪が減っていると気づいて、温暖化問題に取り組もうと思ったそうです。
これからは太陽光発電についての研究をしたいとのこと、たのもしい!

じゃんぐる現役の中学3年の湊廣輝君が「クマムシの垂直分布」についての研究で、「つくば生物研究コンテスト」で金賞を受賞しました。将来は生物学者になりたいそうで、じゃんぐるのホープです。
5月5日は講演会を予定していますので、皆さんもぜひお越しください。


2009年4月17日金曜日

城殿さんのマナグア通信 番外編:コスタリカ見聞録1

 4月1日から11日まで休暇をとり2年近くぶりにコスタリカを訪ねました。昨年同様、カトリックの信者にとっては最も神聖なセマナ・サンタ(聖週間、イースター)の時期に合わせ、だいぶ前から訪問先と連絡をとっていました。1年のうちでもクリスマスの時期と並んでまとまった休暇が取れる時期とあって、訪問先の皆さんも以前から計画していたようで、今回の旅行で会えなかった古くからの友人も多勢いました。特に以前勤務したことのあるINBio(生物多様性研究所)の連中には直接は会えませんでした。しかし、行き当たりばったりの今回の旅で、馴染みの顔ぶれと再開すること以外にいろいろ興味ある場面に遭遇しました。そんなわけで、何回のシリーズになるか書いてみないとわかりませんが、旅先で私自身が見聞し体験したことをしたためてみました。初回はマナグア出発からカリブ海の漁村で満喫したレザー・バック(日本語ではオサガメ、現地ではバウラと呼ばれています)の産卵場面までをお伝えします。

 4月1日(水)の午前9時ちょうどにマナグア市のアウグスト・サンディーノ国際空港からLR676便は定刻どおりに飛び立ちました。チェックインから搭乗までに2時間ほど待たされますが、コスタリカのサン・ホセまでの空路はたった50分ほど。機種は最近JALも購入したというブラジルEMBRATER製の中距離機。サン・ホセまでの航路は離陸後暫くするとマナグアの南にあるチチカカ湖についで世界第二の淡水湖ニカラグア湖(現地ではコシボルカといった方が通りが良いでしょう)上空を南下、以前このブログでご紹介したことのあるオメテペ島こと“ひょっこりちょうたん島”を眼下に見下ろし、まもなく国境を通過。すると、すぐに“じゃんぐる”にはなじみのグアナカステ保全地域の上空。右手には乾季も終盤を迎えた茶褐色の熱帯乾燥林地帯の至る所に黄色のコルテサ・アマリーリャ、左手には白い雲で山頂付近が包まれたオロシ、カカオ、リンコン・デ・ラ・ビエハの山脈。やがてアレナル湖の水面が広がる頃にはモンテベルデの緑濃い雲霧林が前方に広がる。右手には霞がかかったニコヤ湾が見下ろせる。見慣れた場所に感慨に浸る間もなく、やがて中央盆地のコーヒー地帯が視野に入る頃には着陸態勢に。

 瞬く間に過ぎた50分間の空の旅を終えてターミナルビルに足を運ぶと、マナグアの空港とは対照的に観光客でごった返している。入国手続きも意外とスムーズで、そのまま出口に進むと、あらかじめインターネットで予約しておいたレンタカー会社の社員がプラカードを持って待機。空港付近の駐車場に止めてあったバンに誘導され、それに乗ってまずはサン・ホセ市内にあるオフィスへ。保証金(1,000ドル)と車利用料を手持ちのクレジット・カードで処理しようとするとそれなりの額になるためブロックがかかり、当てが外れる。結局、旅先での経費をすべて落とすつもりで出発前に残額を補充しておいたカードは利用できず、念のために持参した日本の銀行のカードで再度試してやっとクリア。結局、今回の旅行で利用したレンタカーの経費はこのカードで落とすことに。後日、留守宅のカミさんが驚かないように、早速この日の夜に宿泊先から釈明の電話。なんとかレンタカーを手にした後は、昼食時の渋滞の中をカリブ海側のリモンに続く国道32号線への合流地点へ。自分が住んでいたころと比べると道路も整備・拡張されているが、ピーク時にはさすがに車の許容量を超えてしまい、交通渋滞は日増しに深刻度を増しているようだ。当然車の排気ガスによる大気汚染もひどいようで、対策として最近はナンバープレートの数字で交通量をコントロールしているようだが、随所で交通警察が目を光らせている。国道32号線に入ると交通量も一段と少なくなったことからアクセルも自然と踏み込みに勢いが出る。
 ブラウリオ・カリーリョ国立公園の手前の料金徴収所から1キロほどもどったところにあるレストランで遅めの昼食をとる。このレストランは以前住んでいたサント・ドミンゴから近いことから時々利用したことがある。たまたま店内が空いていたことから私の顔に見覚えがある店主が話しかけてきた。腹ごしらえを十分にし、眠気覚ましのエスプレッソを飲み干し、再び車に。この季節、比較的霧が少ないというが、この日はブラウリオ・カリーリョ国立公園の標高の高い一帯は霧に包まれ、慎重に運転する。峠を越えて、下り坂が続く蛇行の多い道を進んでいくと公園の境界になっているリオ・スシオ(汚れた川の意味)の硫黄色した川面が目に入る。ここまで来ると、この日の投宿地グアピレスの町まで10キロほどの道のりだ。
 国道から左の折れ、グアピレスの市街地に向かう。Hotel Suerreはこの町のはずれにあるというが、一方通行が多いのでいつの間にか見当違いの方角に向かいがちなので、GPSを見やりながら所々で通行人にホテルの方角を聞く。Hotel Suerreは2007年8月にJICAの新しいプロジェクトの形成に来たときに泊まったホテルです。当時は建て増し中だった部分もすっかり完成し、工事現場のすさんだ光景もありません。隣接する立派な競泳用プールではカナダのナショナルチームが合宿中で、朝から夕方まで泳いでいました。週末だけは一般客にも時間を限って開放しているということでした。この日の夕方、JICA専門家として半年ほど前からプロジェクトに関わっている大澤さんと日本側のコンサルタントをされているF.アソフェイラこと”チコ“さんがホテルに出向き、事前評価調査以来の再開。国道近くのレストランでマリスコス(コスタリカ版海鮮料理)に舌鼓を打ちながら歓談。

 翌日、ホテルから車で数分の町中というのに渓流が流れている一角にあるトルツゥゲーロ保全エリアの地域事務所を訪ね、15年来の付き合いのL.ロッハス所長と四方山話。ついでにプロジェクトの進捗状況についても論及。最近やっと約束したカウンターパートが揃い、これから本格的な活動が展開できる見込みという。このプロジェクトは管内の北部のニカラグア国境に近いバラ・コロラドという国立野生生物非難区という保護区の管理を当局と住民が一緒になって行おうというもの(協働管理)。期間は3年間。生物保護区や国立公園など保全を優先するカテゴリーの保護区とは異なり、野生生物避難区というのはもともと住民が以前からその中で生計を営んでいることが普通で、まさしく保全と利用の両立の程会いが難しい。保全当局者と住民との間の信頼関係がミソ。一般に日本では環境先進国と紹介されていることの多いコスタリカでもこれまであまり手掛けたことのない領域。その意味で期待されるところ大であるが、それにしては日本側投入はわずか。前線で働く専門家個人の力量に負うところが大きい。
 大澤さんには、コスタリカにはあちこちで先進的な試みがなされており、プロジェクトの活動を通じてできる限りそのような所に関係者と足を運び人脈をとにかく広げるべしと発破をかけた。翌日から3日間事務所関係者は2か月遅れで管内で開催される国際湿地デーにほぼ全員が出向くという。私も便乗して翌朝からロハス所長と大澤さん、エリックさん(バロ・コロラド生物避難区の責任者)と1泊2日でご一緒させていただいた。車は国道32号線を西に飛ばし、シキーレスの町で左折し小1時間土埃が舞い上がる道を進む。沿道にはバナナ畑と時々パイナップルの畑。

 終着のカニョ・ブランコからは遊覧船で20分ほど水煙を蹴立てて河口の入り江にあるパリスミーナの船着き場へ。パリスミーナは人口500人にも満たない寒村。住民の多くは零細な漁業を営んでいるが、最近はウミガメツアー客を受け入れる宿泊施設で生計を立てる人たちも増加しているという。今回この寒村がなぜ2か月遅れの世界湿地デー(1971年2月2日に通称ラムサール条約がイランのラムサールで採択されたことを記念して設けられた。当初は渡り鳥の生息域を保全することが目的とされたが、現在では広義の湿地保全を目指している)の開催地に選ばれたかについてはとうとう聞きそびれてしまったが、推測するにこの村の住民が零細な漁業からウミガメ保護を通じたエコ・ツーリズムに自分たちの生活基盤を切り替えようと努力している姿勢が認められたからであろう。
 ちなみにコスタリカには現在ラムサール条約登録湿地が11か所あるが、カリブ海側は北東部の湿地群とパナマ国境に近いガンドカ-マンサニーリョの2ヶ所のみで、多くは太平洋岸のグアナカステ県に集中している。今回会場となったパリスミーナ村も登録湿地にしようという動きはあるものの、とりわけ保護区に指定されているわけでもない。しかし、ここは国内的に見ても、ウミガメのうち最大のバウラ(レザー・バック)の産卵地としてその重要度を増している。

 3日間の行事の中には3回のラウンド・テーブルが持たれ、様々な立場の人間が公開討論を重ね、今後の具体的な措置をデザインする契機にしたようだ。初日の少し欠けた月と星座が浜辺を照らす午後11時過ぎに仲間たちと遅めの夕食を切り上げ、浜に出た。月明かりが明る過ぎる夜はウミガメの上陸には不向きということであったが、この時間には月はやや西の空に傾いていた。最近上陸記録があるという方角にゆっくり歩を進めながら、途中で一服することを何度か重ねながらおよそ1時間後に、この浜でウミガメの観察にあたっている研究者とボランティアの若者たちが赤い灯火で上陸して産卵活動に入ったオサガメを発見の合図。
 ゆっくりその方角に一同移動し、5人ぐらいのグループに分かれて産卵場面を満喫。この間、研究班はカメが用意した袋に産卵するように誘導したり、体の各部の計測。この夜に上陸して産卵していった3頭のオサガメはいづれも2メートル以上の甲羅のサイズがあった。カメの甲羅を触ってみると、他の種類と違って滑らかなまるでなめし皮のような感触である。まさにレザー・バックという名もそれから由来している。最初の場面で30分あまりしゃがみこんで観察していると、産卵するために80センチほどの深さの穴に大きなうちわのような前後の足で砂をかぶせる作業に入った。その場から数メートル離れていても豪快な音と共に砂粒が飛んできた。砂かぶせが終わり一帯が平坦になった頃には月の位置も砂浜に沿って続く森のかかるほど傾いていた。時計を見ると午前1時半を回っていた。久しぶりに見た感動的な場面に興奮もやまないまま家路を急いだ。(第一回完)。








2009年4月14日火曜日

今年最初のこどものじゃんぐる in峰の原

『久々のじゃんぐる』

 久々にじゃんくるがありました。去年からひと冬をこえて久々に集まったのですが、みんなすっかり大きくなっていました。

そして、学年が一つ上に上がり"にっぽんどものじゃんぐる"から、小学生がいなくなってしまいました。大人になってしまったけれども、心は子供の頃のまま元気にやっていきたいです。

そして、ひろき君が新聞に載りました。中学3年生という若さにして自分の力で新聞に載るなんてすごいですね。

これからも、こどものじゃんぐるメンバーの活躍に期待です。

そんなこんなで、かずみさんが作ってくれたケーキを食べながら久々のじゃんぐる終わりました。ごちそうさまでした。
(暖)


2009年4月5日日曜日

モンテベルデ保護連盟USA2009年3月ニュースレター

永遠の森:永遠の森共同プロジェクト

モンテベルデ保護連盟(MCL)とモンテベルデ保護連盟USAは、太平洋岸斜面を護り、再植林することを目的に活動している共同グループの一員です。最近、バーモント大学のプログラムから十分な訓練を受けた学生たちが派遣され、生物学研究者や共同グループのメンバーたちが保護対象として最も重要なカテゴリーごとに優先的に土地利用を示したレーヤー・マップの作成を手伝ってくれています。河底に土が堆積するのを緩和したり、バッファーゾーンを設けたり、絶滅危惧種・固有種・キー・ストーン種の生息地を確保したり、連続性、河川からの距離、残っている森林が原生なのか二次林なのか、といったことがこの作業から(わかってきます)。

ニコヤ湾まで続く太平岸の斜面はすっかり森林が伐採されています。私たちのゴールは断片上に残された森林を子どもたちの永遠の森の保護区と結び、そこから生き物が移動して生息できるような回廊(コリドー)を湾に面した山の斜面一帯につくることです。

バーモント大学の学生たちがは、目的の中で私たちがモニタリングする際の手順を入れてしっかりしたものにしたがっていること理解しつつあります。学生たちは、保護のために最も重要な地点を選ぶときに共同グループのみんなの意見をとりこむようなコンピュータ・モデルを作るためにたくさんの質問を出しました。

議論の重要なポイントは、それぞれの標高ゾーンの森林性の生息地を守りながら、回廊(コリドー)内にあるすべてのコミュニティーの社会経済的な福利を向上させるといった、住民と野生生物の自然と社会的なニーズを融合させるような理想的な景観をデザインすることでした。

共同グループのうち、コスタリカ側からの参加メンバーは、雲霧林保護区、モンテベルデ保護連盟、コスタリカ保全活動家基金、それにジョージア大学サン・ルイス校でした。バーモント大学のフォーク・グループの歌の後、参加者全員がハッピーでした。購入して守るべき土地をどこにするかを計画するのにビッグな支援でした。これを土地購入に役立てようと一生懸命頑張ってくれた学生たちに感謝!

ディズニー制作の映画”Earth(地球)"がアース・デーにスタート。

MCLUS
1128 Weidman Road
Town & Country, MO 63017-8445
U.S.A.
314.878.8427
info@mclus.org, www.mclus.org

(和訳:城殿博)