2009年6月1日月曜日

城殿さんのマナグア通信 番外編:コスタリカ見聞録5 サンタ・ローサ国立公園

 サンタ・ローサ国立公園の入口は、グアナカステの県都リベリア市からパンアメリカン・ハイウェー幹線を30キロほど北上した地点にある。といっても、観光マップにそのように命名されている呼称も現地の公園関係者にはあまり使用されていない。現在のコスタリカの保護区行政は、中央政府の環境エネルギー通信省(現政権からそれまでの環境エネルギー省MINAEから変更して通称MINAET)の管轄下にあるが、11に区分された保全地域(Área de Conser- vación)に実際の管理運営のための権限は移譲されている。かつての国立公園やその他のカテゴリーの保護区はその保全地域のなかで地域社会との開発を調整しながら保全政策を推進する中核的な存在となっている。地図を見ると、グアナカステ保全地域には3つの国立公園(サンタ・ローサ、グアナカステ、リンコン・デ・ラ・ビエハ)と野生生物避難区などの他のカテゴリーの保護区2か所が存在するが、現地では7つのセクターに区分して管理体制が敷かれている。

 通常国立公園というとそのままの自然が残された場所をイメージするが、サンタ・ローサ国立公園はコスタリカで最初の国立公園の一つとして発足した当時には、粗放な放牧の牧場跡地ということもあり、ごく一部を残して現生の自然は大きく改変され、二次林か外来牧草が優先する場所がほとんどを占めていた。今からはとても想像できないが、今日の公園が様々な人の努力や協力で成り立った、とこの公園がたどってきた歴史の一端を管理事務所付近にある標識が物語っている。サンタ・ローサ国立公園は、かつてはメキシコ南部から南米コロンビア北部の太平洋岸の沿岸地域に広く分布していたにもかかわらず、植民地時代以降激しく開発の波に見舞われたことが原因で、熱帯林植生としてはもっとも残存面積が少ない熱帯乾燥林を公的保護区としては最も多く残し、それをもとに壮大な再生を図っている地域である。入口のチェック・ポイントから15キロ入った様々な施設のある場所までは途中劣化した個所があるものの全面的に舗装されており、キャンプ施設などが整っていることもあって、国内では訪問客のもっとも多い国立公園の一つとなっている。

 ちょうど私が立ち寄った時期はセマナ・サンタとあって、海岸(ナランホ・ビーチ)まで足を延ばしてサーフィンに興じる若者が多く見かけられた。施設群のある場所までの沿道はやっと新芽を開き始めた乾燥林がもっぱら広がっていた。途中、道を隔てて両側が全く対照的な一角が目についた。進行方向の右側は10メートル以上にまで成長した棘の多い乾燥林の林、左側にはアフリカ原産の外来牧草が残された1ヘクタールほどの草地。近日中にこれに火が入れられるという。乾季に火入れするというのはこの一帯の放牧地でごく普通に行われた慣行で、いまでもその火が延焼して山火事の最大の原因になっている。今年は大きな山火事はグアナカステ保全地域では発生していないということであるが、まだ雨季の到来はしばらく先なので公園関係者は警戒を怠っていないという。

 かつてこの公園は全体の3分の1近くの面積が人為的な火災に会い、再生途中の乾燥林の若木が消失したという苦い経験を持っている。沿道の草地はかつての公園の姿を少しでもイメージすることと、反対側の再生中の乾燥林と比較することで、熱帯乾燥林の生態系の再生が十分可能なものであることを訪問客に意識してもらおうという狙いである。少し先にそのような内容を記した標識が立ててある。施設群までの沿道のあちこちにそのような簡単な説明文の標識が掲げてある。

 沿道のほとんどの林は10~15メートルほどの樹高の最近休眠からさめやっと新芽をつけ始めた状態だが、途中一か所だけ鬱蒼とした20メートルを超す樹木が密集した地域がある。この一帯が公園発足当時に残されていた唯一の乾燥林の原生林地域である。乾燥林とは言っても、遷移途上の植生と異なり、乾季の最も厳しい時期にもこの一帯の樹木は青々と繁っている。乾季が本格的となる2月~4月は日中の気温が40度近くになることもあるが、この林の一帯は他より10度以上も気温が低く、いつも23度くらいの涼しい状態が保たれているという。

 車から降りてその爽やかな空気を実感していると、上方からザワザワと枝葉がすれる音がした。見上げると、ホエザルの家族の群れが移動している。双眼鏡で眺めると、先頭を行くオスの大人サルが周りを警戒しながら前進し、その後方から子ザルを抱いた雌ザルや若いサルたちが続いていた。雄ザルが私の姿を気にしたのか、おしっこで威嚇してきた。別の方向を見やると別の種類のサル、ここでカリブランコ(白い顔をしたオマキザルの一種)と呼ばれている一群が移動中だった。ホエザルはもっぱら木の葉っぱ、それも若い癖のない葉を好んで食するのに対し、カリブランコは昆虫や小動物も食べる雑食で、少々気が荒い。あまり近づくとヒステリックなくらいの甲高い声で威嚇する。こんな光景に遭遇すると、つい時間が経つのをつい忘れてしまう。

 腕時計を見やるとすでに午後3時半を過ぎている。公園内の旧知には入口の事務所からすでに連絡が入っていることを思い出し、その場を立ち去り、ジャンゼン教授夫妻の滞在先に直行した。分岐点で右折すると沿道の左右に建物が目に入り始める。教授夫妻の住居はそこを左入った先にある。家の前にはトヨタの通称サファリと呼ばれている後部の長いタイプの車が2台駐車してあった。閉まっているのを見たことのない玄関前で来訪の挨拶をすると中からお二人の声が返ってきた。くだんの教授は自宅にいるときはいつも半裸でマックのキーボードを叩いているか3年前からカナダの大学と全米科学財団からの資金援助で始めたBioLepというプロジェクトの成果の一部である鱗翅目(ガやチョウ)の展翅にかかりっきりだ。公園内の研究棟の向かいに2007年に建設された建物がそのプロジェクトの拠点になっているが、あいにくセマナ・サンタ休暇でスタッフが出払っていたために中に入ってこれまでの成果品を閲覧することができなかった。

 窓越しにしか見られなかった収納箱にはこの2年間に収集されたグアナカステ保全地域産のチョウやガの標本が所蔵されているという。すべての標本はその体の一部(脚部や腹部のことが多い)がDNA解析のためカナダや他の研究グループの元に送られ、生命のバーコードとしてデータ・ベースに収められているという。教授からはその後もこの面の研究の機会から遠ざかっていた私には理解困難な話をその後も拝聴したが、消化不良のままお暇(いとま)した。(第5回完)。









 

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