2009年5月7日木曜日

城殿さんのマナグア通信 番外編:コスタリカ見聞録3 タパンティ国立公園

 4月6日(火)の朝7時半すぎにホテルを出発、この日は南西におよそ60キロ余り離れたタパンティ国立公園を目指した。サンホセ市内の渋滞に巻き込まれ、旧都カルタゴ方面とはおよそ違う方角に向かってしまった。なんとか過去の記憶を頼りにカルタゴ市への高速道路への合流点を見つけた。
 セマナ・サンタには多勢の人たちが訪れる大寺院はすっかり化粧直しを終え、鮮やかな黄色と白のトーンに輝いていた。この先で道路はいつのまにか幅員が拡張されて車の流れが一気に改善されたお陰で隣のパライソの町まで10分とかからなかった。しかし、パライソの中心部は以前と同じ一方通行であたりかまわない駐車のために混雑して、抜け出すのに難渋した。オロシ方面への2車線の蛇行の多い下り道を周囲の景色を見やりながら進めること15分ほどでオロシの市街地に突入。

 町の中心にはスペイン植民地時代の象徴の教会が異彩を放っていた。この町を包み込むように広がるオロシ渓谷は古くからアラビカ・コーヒーの栽培地で知られ、現在もサン・コーヒーと呼ばれる丈が低く被陰樹(コーヒーはもともと薄日の差すような条件で生育する永年作物であるが、品種改良により、直射日光を受けても生育できる種類が作られた)を必要としない品種が主流を占めている。しかし、コスタリカではかなり以前からコーヒーの単一栽培が熱帯林に生息する生物の生息場所の分断化や細分化を助長しているという批判から、徐々にではあるがコーヒー畑のあちこちにマメ科などの樹種を導入して、いくらかでも生息地の多様化を図って野鳥が生息したり移動しやすいように工夫する生産者が現れている。オロシ渓谷にもこのような生産者が増えているようで、沿道の多くのコーヒー畑は以前はコーヒー一色だった景観が他の樹種と混ざり野鳥たちに立体的な生息環境を提供している。

 オロシの市街地のはずれに水力発電施設がある。10年以上も前に月に最低1回は足を運んでいた頃は、ここで舗装が途切れて、あとは土埃を蹴立てて進む土道だったが、今はその先しばらくは舗装され道幅も倍になっていた。未舗装になっても以前より管理状態が良いと見えて車の速度を落とすことなく通行できた。国立公園入口が近くなった目印のオロシ川にかかるつり橋は、現在改修中。やっと一車線の道幅の橋に慎重な運転をしながらも、花崗岩質の河原石の中央を流れる清浄な水面を見やる。橋を渡り切ると、しばらく登り加減の道の先に公園入口の管理棟が目に入る。10年前とは一変するほど施設が整備されている。もちろん、そこで働くスタッフの中に見覚えのある顔はなかった。セマーナ・サンタ前後は水浴びに訪れる客が多いと見え、学生風のボランティアの姿も目立った。外国人は入場料が10ドルもしくは相当分のコロン。入場料を払いながら職員に話しかけるが10年も前のことなど知る由もない。

 かつて新設前の管理棟に続いて“生物多様性オフィス”表示された小屋があった。ここで、パラタクソノモとよばれた生物の分類技術者2人が居住していた。彼らは四六時中公園内のあちこちを巡回しながら、植物や昆虫類の採集をしたり、時には飼育などして分類や生態の情報をかき集めていた。成果品である採集品は1月に一度サント・ドミンゴ市にあるINBioに持ち込み、ここのキュレーターたちの指導を受けながら次の作業に廻していた。当時のコスタリカには50人を超すパラタクソノモたちが国内各地の保護区で同様な活動をするために配置されていた。ほとんどは地元出身の人間で年齢・性別・前歴も多様な人たちだった。タパンティで活動していた2人は一人は男性で元農民、もう一人は若い女性だった。私がこの場所に足しげく運んだきっかけになったのはこの元農夫がタパンティの山中に生息するコガネムシ(ほんとに黄金に輝く虫で光の角度で微妙に色が変化する)の幼虫を見つけては飼育する能力にたけており、その仕事ぶりに強い興味を覚えたからだ。
 現在、公園内には当時の小径を元に遊歩道になっている3つのコースが設けられているが、彼と一緒に回ったのは最も健脚向きの山手の鬱蒼とした湿潤林に覆われた一帯。ここはくだんのコガネムシが好む倒木が朽ちてできた有機質の土壌が豊富だ。健脚の彼の後を遅れないようにと喘ぐように上った先でコガネムシの幼虫を採集し、ついでに花の写真を撮るというのが、彼との行動でのパターンだった。持ち帰ったコガネムシの幼虫が数ヶ月後あるいは半年以上もして羽化して地上に出現する瞬間を写真に収めるスリルも味わった。
 そんなことを思い出してはみたものの、今は私の記憶の中だけに納まっている。今回は健脚向きのコースを除く渓流に面した2つのコースを回ってみた。公園管理室から4キロ地点までは訪問客に解放され、沿道には様々な案内の標識が立てられている。最初に訪れた山側の展望台は東屋風で反対側の山並が一望に見渡せる。びっくりしたのは、上り口付近にあるトイレは水洗でおまけにトイレットペーパーまで備えてあった。
 2キロ近く戻ってから、渓流まで下りるLa Pavaコースを歩いてみた。途中で滝がまじかに見える河原までのコースと分かれているが、いづれも着生植物にびっしり覆われた湿潤林の中を探勝するコースである。終着点の渓流は上高地の梓川を思わせる透明度の高い清流である。下流のオロペンドラ・コースには水浴びに訪れる客のために、テーブルや更衣室兼トイレが設けられ、遊泳地点まで指定されているが、ここは河原石が多く泳ぐのに適当な水面がないので、もっぱら川遊び。途中で出会った子供連れの家族もそのグループだった。

 タパンティ国立公園は熱帯季節林と雨林が混交するため多様な生物が生息し、なかでも野鳥が豊富なことからバードウォッチングのホット・スポットの一つ。遊歩道の多くはその地域に生息する野鳥の名がついている。野鳥ばかりでなく、この国立公園にはバク、ピューマ、ジャガー、それにサル類も生息しているが、この日出逢ったのは子連れのハナグマ(現地ではコアッティ)家族。遊歩道での散歩を終えて、引き返そうとしてゆっくり車を走らせていると、道路脇に徘徊している黒っぽい一団が目に入った。そのまま徐行して、近くで停車。
 車の中から覗いていると、2匹のまだ幼さを残す子供がためらいもなく目前まで迫ってきた。時々地面に鼻をぐいぐい押し当てているところを見ると、たぶん草むらに潜む虫でも追い出しているのであろう。ハナグマ一家の振る舞いの様子を公園管理室のレンジャーに別れの挨拶の代りに報告したあと、腹ごしらえのためにオロシ川下流の川沿いのレストラン・ロス・パルモスへ直行。
 
 午後1時近くなのに客はまばら。ここのお薦めメニューは魚を丸ごと油で揚げたもの。大きさにより値段も違う。普通材料はスズキやタイの海魚のほかテラピアや付近で養殖もされているニジマス。このメニューに臨む時は必ず醤油を持参したものだ。この日はニジマスの丸揚げを注文。十分時間をかけてくれと頼んだにもかかわらず、出てきた代物は表面はからっと揚がっているが、中はまだ生のまま。どうも冷凍物を使ったようだ。差し戻して再び調理してもらうと、今度は主骨も噛み砕けるくらいカラッと揚がって出てきた。醤油持参なら味も引き立ったかもしれないが、出鼻を挫かれたことも加わって感動も今一つ。しかし、なんとか腹ごしらえが終わったところで、再び来た道と同じルートを引き返す。

 パライソとカルタゴの町のほぼ中間に野生ランの収集と遺伝資源保存で知られたコスタリカ大学付属のランカスター植物園がある。元々、英国人のランカスター氏がコスタリカ産の野生ランの収集のために始めた私設の植物園だったが、コスタリカ大学が引き取り現在では野生ランの遺伝資源の保存やその一部を利用して販売などを行っている。もちろん、観光コースとしても有名で、外国人の観光客の多くはランの観賞を目的に訪問する。私も以前タパンティ国立公園に出向いた時にはほとんど毎回この植物園に立ち寄り、ブロメリアや1年を通じて花をつけているラン類を主な被写体としたものだ。
 ところがこの日はJICAのシニアボランティアで日本庭園の造成に活動中の本職の庭師の方にお会いするのが目的。私にはなんでランカスター植物園に日本庭園が、という素朴な疑問を抱えながらの訪問であるが、とにかく前日にホテル・ブーゲンビリアの石庭の指導に来られていた方からの申し出なので省くわけにはいかない。指導中の某氏は日本でも指折りの日本庭園の専門家であるらしく、植物園内の一角にまさしく岡山市の偕楽園をほうふつさせる日本庭園が出現していた。この日初めて池には水が入れられ、周辺の竹林と合わさって日本庭園の趣を一層引き立たせていた。一番奥にはイラス火山を背景に眺められる石庭付きの茶室まで建造中で、びっくり仰天。
 完成後、施設は環境教育用に利用されるという。指導に当たっておられる師匠の構想は広がるばかりであるが、それにしてもランカスター植物園になんで日本庭園?という基本的な疑問がなかなかぬぐい切れなかった。親善が目的ならすでに立派な日本庭園がサンホセ近郊にあり、そのままそちらに移した方がさらに充実した庭園になるであろうに、と私なりに自問した。何にもまして、多くの観光客は、1年を通して楽しめるコスタリカ産野生ランの観賞を目的にここを訪れるのである。日本人としては複雑な心境になった。なんでも5月には盛大に完成式が行われるという。(第三回完)。











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